2007年03月04日
稲の香り、海山郡の記憶
台湾のバナナが大きかったこと、30センチほどもあったとか云うことも 海山郡での記憶であろうか。沖縄のまだ復帰前に、パスポートを持って、信子が本土を訪ねてきたときの土産に、沖縄の地のバナナがあった。10センチとチョッとくらいの小ぶりで、濃い黄色に熟れて味も濃かったことを憶えている。
海山郡の田んぼには大きな水牛がいて、追いかけられて怖いおもいをしたこと、溝に逃げ込んでやっと難を逃れたとか、田んぼには魚が泳いでいて、ターユと云ったことなどと、私には思いのつかない話が聞こえてくる。
そして今度は、海のように釣りの話ではなく、プンキーで魚を捕ったとか、笹舟のあそびも覚えたと、楽しい海山郡の記憶を語る。
そのプンキーはどんなものかと訊ねると、細い竹などで編んだ筒状の篭のようなもので、水中に伏せて魚を捕ったと云うのである。たぶん筌のこと、魚沼では魚ツヅと云う竹かごのことらしいのであった。
先年、私が魚沼のコシヒカリ米をとどけるのに、藁に着いたままの稲穂も何本かいっしょに送ったことがあった。沖縄に届いた箱をあけたとき、稲藁の香りが懐かしかったと云うのである。
海山郡で、台湾人の稲刈りにその場で遊んだときの、干し稲の香りを思い出したとのこと。そのとき、すでに50年の昔であったのに、稲の香りも信子には消えない海山郡の記憶であった。
記事の「 社寮島 」とは関係ありません。
投稿者の在所、新潟県北魚沼郡川口町からです。
写真はクリックで拡大します。
いつもなら魚野川の両岸の雪の壁はまだ高いのに、今年は4月下旬のように、雪が消えている。
それでもまだ冬のはず、つめた川の中でカジカ漁。
魚野川 早春の風物であるが、近年 カジカは捕れなくなった。
海山郡の田んぼには大きな水牛がいて、追いかけられて怖いおもいをしたこと、溝に逃げ込んでやっと難を逃れたとか、田んぼには魚が泳いでいて、ターユと云ったことなどと、私には思いのつかない話が聞こえてくる。
そして今度は、海のように釣りの話ではなく、プンキーで魚を捕ったとか、笹舟のあそびも覚えたと、楽しい海山郡の記憶を語る。
そのプンキーはどんなものかと訊ねると、細い竹などで編んだ筒状の篭のようなもので、水中に伏せて魚を捕ったと云うのである。たぶん筌のこと、魚沼では魚ツヅと云う竹かごのことらしいのであった。
先年、私が魚沼のコシヒカリ米をとどけるのに、藁に着いたままの稲穂も何本かいっしょに送ったことがあった。沖縄に届いた箱をあけたとき、稲藁の香りが懐かしかったと云うのである。
海山郡で、台湾人の稲刈りにその場で遊んだときの、干し稲の香りを思い出したとのこと。そのとき、すでに50年の昔であったのに、稲の香りも信子には消えない海山郡の記憶であった。
記事の「 社寮島 」とは関係ありません。
投稿者の在所、新潟県北魚沼郡川口町からです。
写真はクリックで拡大します。
いつもなら魚野川の両岸の雪の壁はまだ高いのに、今年は4月下旬のように、雪が消えている。
それでもまだ冬のはず、つめた川の中でカジカ漁。
魚野川 早春の風物であるが、近年 カジカは捕れなくなった。
Posted by sab at 01:44│Comments(2)
この記事へのコメント
お久し振りです。
如何お過ごしでしょうか?
如何お過ごしでしょうか?
Posted by ふえきのり at 2007年11月28日 09:47
横浜からです
Posted by と at 2007年06月09日 22:09